救急疾患は急には起こらない

救命救急センターと呼ばれるところで長年働いてきました。救命センターは救急車で運ばれる患者さんだけ、それも風邪や腹痛といった一般的な症状ではなく、交通事故で重症な傷害を負った、大火傷、ビルから転落した、農薬を大量に飲んだ、溺れた、心臓が止まったといった死に至る危険性が高い患者さんの診療を担当する施設になります。

救命センターに救急搬送されてくる患者さんたちを長年見ていていつも思ってきたのは、「こうなる前に病院に行っていれば、救急車で救命センターに運ばれることはなかったのに」ということ。

患者さんが運ばれてくると救命処置を行いながら救急隊や関係者の方から、何故救急車を呼ぶような事態になったのか、元々の健康状態はどうなのか、どのような病名でどこの病院にかかっているのか、何の薬を飲んでいるのかなど、とりあえず今の状態になった原因と治療方針を立てるための情報を集めます。


話を聞きながら、「こうなる前に病院に行くチャンスは何度もあった。それらの機会を全部スルーして状態が悪くなるまで病院を受診する決断をせずにいたので、最終的には救急車で救命センターに運ばれることになった訳だ」「あの時に病院を受診していればこんなことにはならなかったのに」という思いを何度も経験してきました。

重症な患者さんのために救命センターが設置されているけれど、重症になる前に病院を受診していれば救命センターに運ばれずに済んだ患者さんは少なくない・・・。
その方が患者さんとご家族だけでなく、救命センターのスタッフもハッピィなのです。
救命センターに搬送されるような状態になる以前に病院で治療していれば、救命センターや転院先での長期間の入院、後遺障害やご家族の負担がなくて済みます。また救命センターに搬送される患者数が減ればスタッフは楽になります。

ここまでの話は一般論なので救急医療の中で働いている方以外にはわかりにくいと思いますので、お話を使って説明したいと思います。

お話の主人公は70歳代男性、慢性の呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患)で呼吸器内科かかりつけの患者さん、山田太郎さんです。

山田太郎さんは二十歳前から現在までずっと愛煙家で、1日1パック(20本)のタバコを欠かしたことはありません。50歳頃から駅の階段を急いで登った時などに息切れがするようになりました。デスクワークはこなせていましたが、外回りの仕事は辛くて会社に頼んでその仕事は外してもらいました。60歳で退職してからは軽い庭仕事くらいがせいぜいで、重たいものを運んだり、2階まで一気に階段を上がることはできなくなりました。60歳で慢性閉塞性肺疾患(肺気腫)と診断され呼吸器内科に通院していますが、タバコは止められません。

11月に入り空気が冷たく感じられるようになりました。空気も乾燥しているようです。風邪の季節になりました。

山田太郎さんはいつものように過ごしていましたが数日前に風邪をひいて咳、鼻水、くしゃみが出るようになりました。翌日あたりから微熱が出て痰が絡むようになりました。自宅で様子を見ていましたが熱が高くなりたんの色が黄色くなり、少し動いただけで息が上がり息切れを感じるようになりました。妻は心配で病院に行くように何度も提案しましたが、その必要はない、そのうちに治るさ、という返事でした。とても心配でしたが、頑固な夫は病院に行こうとましませんでした。

翌朝、夫が寝ている部屋から咳の音が聞こえなくなっていることに気づき、どうしたのかしらと思いながら部屋に入りました。夫は布団の中で目を閉じ、息もしていない様子でじっとしています。表情はありません。近づいても夫の息を感じることはできません。呼びかけても目を覚ましません。頬っぺたを触れてみると冷たい感じです(すでに心肺停止状態です)。
大変なことになってしまった、救急車で病院に行かなくては・・・。

医師や看護師には以下の知識があります。慢性閉塞性肺疾患の患者さんは風邪を引き金に肺炎を合併することがあること、肺炎で息切れがあれば急性呼吸障害であり入院が必要かもしれない、慢性閉塞性肺疾患で肺炎を合併すれば命が危険な状態になりうる。また慢性閉塞性肺疾患+肺炎は自宅で心肺停止状態になる典型的なパターンであることも知っています。医学の知識と経験があれば山田太郎さんのストーリーはよくある典型的な例として頭の記憶の中に収納されています。「70歳、長い喫煙歴」「慢性の呼吸器疾患」「咳、痰、発熱」といったキーワードを聞くと、山田太郎さんストーリーを思い描く頭になっています。

このストーリーは、慢性の呼吸器疾患の患者さんが風邪から肺炎を合併し最後は自宅で心肺停止状態になったという展開ですが、「救急疾患は急には起こらない」という観点で整理すると、
1)慢性疾患は合併症を起こすと急病になり救急診療が必要になる
2)慢性閉塞性肺疾患の場合は合併症として肺炎を起こすと救急診療が必要になる
3)肺炎は急には起こらない
4)肺炎の初期症状は絡んだ咳、痰の量の増加、発熱で息切れなどの呼吸の異常がない状態
5)4)が病院受診のタイミング
ということになります。
これらの知識は研修医や看護師さんに必要な知識になります。

1)から5)は医療者向けのまとめで、患者さんとご家族にはややこしい話だと思います。慢性閉塞性肺疾患の患者さん・ご家族(ケアマネさん、ヘルパーさんなど必要な方にはどなたにでも)には次の知識カードを手渡します(三条しただ郷クリニックのオリジナル)。知識カードはハガキ大のカードで冷蔵庫のドアなどに貼って毎日復習することで、慢性疾患のある患者さんが救急車で搬送される事態を避けることができるようになります。

この場合の知識カードは、
1)慢性閉塞性肺疾患によるいつもの症状と全体観察は次の通りです。
   少し歩くと息切れがある
   目線はしっかりしている。顔色は普通。表情は楽そうで苦しそうな表情や辛そうな
   表情はない。姿勢はきちんとしていて息遣いは少し肩を使ってやや速い呼吸
2)咳+痰+発熱が見られるようになったらクリニックまたは病院を受診してください。
3)2)+全体観察の所見が変化し、ご家族が不安に感じたら119番通報して下さい。

3)のポイントは、不安に感じる、の主語が患者さんご自身ではなく、ご家族だということです(患者さん本人は、大丈夫、と言いがちであてにならない)。

まとめ
・救急疾患はじわじわと起きてくることが多い
・まずいつもの様子をしっかり頭に入れる(じわじわの時点で判断できるようになる前提)
・じわじわの時点で病院にかかれば重症化を防げる
・じわじわの時点は全体観察の変化として判断する
・じわじわだの時点と判断したら病院に行く(ルール)
・ルールを守らないと救急車を呼ぶ事態になる

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